思考の泉

隠と陽Ⅱ – 寂しさ

地球上の生命は隠と陽の波の中で自動定期にバランスを保っている。
これは摂理、宇宙の定理、必然である。

隠は重い。
そのため隠の方向を向けば意思がなくとも勝手に隠へ向かう。
しかしより深い隠へ行くほど反発が強くなる。
そして一線を迎えると陽に向かう。

陽は軽い。
そのため少しの力でより陽へ向かうことができる。
しかしより高い陽へ行くほど落ちやすくなる。
そして一線を越えると隠へ向かう。

多くの生命は刺激反応の上に生きている。
腹が減ったら餌を探し、腹が満たされれば食べるのをやめ、危険を感じたら逃げ、病にかかれば死ぬ。
そうして隠と陽を行き来しバランスを取っている。


寂しいという気持ちは、孤独という隠から陽へ向かうためのトリガーである。
精神のバランスを取るために必然的に生じるものである。
寂しさを認めて人との関わりを求めることは自然なことであり、”いけないこと”や”恥ずかしいこと”ではない。

寂しいと感じているのに我慢したり無視してしまうと、
精神はより隠へ傾いてどんどん重くなっていく。

寂しさは刺激反応であって埋めたり紛らわせるものではない。
火にかざした手が熱いと感じたら引っ込めるように、
寂しいと感じたら温もりを感じるところへ行けばいい。

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